Hamuccoのあれやこれやの外部記憶装置

日々のいろいろな出来事、思考、学びなどなど搭載中☆スリランカ/理学療法士/青年海外協力隊//カナダ/エドモントン/留学/大学☆

人と人がつながることから考える-社会関係資本・社会ネットワーク

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開発経済学」という恐ろしく興味が持てない科目を履修している管理人です。

あっという間に、大学院の後期は半分以上過ぎ、期末レポートの足音が聞こえてきました(;゚Д゚)あわわわ。

落ち着け落ち着け。

前期の反省を生かして、レポートの科目減らしただろ…ニヤリ( ̄▽ ̄)

 

さて今日はその中から、興味を持ったトピックを見つけたので紹介します。

 

「社会ネットワーク」

社会関係資本

 

社会ネットワークとは、社会における人間と人間のつながり、組織と組織の繋がりを指します。

例えば、友人関係も社会ネットワーク、企業と企業の取引を通じた関係も社会ネットワークの一つ。

そして社会関係資本とは、社会ネットワークのうち、特に共通の社会規範や価値観を共有し、信頼関係で結ばれた人と人のつながりを指します。

 

 

つながりの強さは、社会関係資本>社会ネットワーク。

 

社会は人の集まり。

近年注目されているのではないでしょうか。

異職種交流会、○○ネットワーク、○○部、○○の会などなど。

知らない人と人がつながることは良いことだと思いますが、なかなか発起人になる人がいないんですよね。めんどくさいもの。

だから、フリーライド(ただ乗り)。それでいいのか、と自問自答。

 

さて、人が集まると何が起こるか?

人と人のつながりはどのようなものがあるか?

そしてそれぞれの効果や良い点、悪い点は?

 

 

社会関係資本の効果

この社会関係資本と呼ばれる、信頼関係で結ばれた人と人のつながりの効果は2つあります。

1つ目は、情報や知識、技術の伝達を助けること。

2つ目は、情報の非対称性を補強すること。

 

情報の非対称性とは、人々が取引をしている時に、同じ情報を共有しておらず、互いの持つ情報量が違うことです。(例えば、銀行が企業や個人に融資するときの信用取引、質の見えにくい中古品や医療などのサービス売買)

 

この効果は、社会関係資本だけでなく、それよりも弱いつながりであり社会ネットワークでも同様に、情報や技術を伝達することには役立ち、イノベーションや経済成長につながるとされています。

 

 

様々なネットワーク構造とその効果

社会の人のつながりは色々あります。

馴染みの友人、町内会、会社、趣味のコミュニティ、スポーツクラブやバーなどのサードプレイスなどなど。

馴染みの友人や会社は強いつながり。

趣味コミュニティやサードプレイスなんかは弱いつながりじゃないかな。

町内会は、都市か地方かによっていろいろだと思う。

 

これら社会ネットワークについて効果を見てみよう。

 

マイクロソフト研究所のダンカンさんとコーネル大学ストロガッツさんは、人間社会のネットワークの特徴として、「スモールワールド(狭い世界)」的な構造なっていることに着目しています。

 

スモールワールド・ネットワークとは、社会の人々が直接的にはそれほどつながっていなくて、知り合いの知り合いを辿っていけば、非常にたくさんの人とつながっているようなネットワークです。

(一説によると、世界中誰でも、知り合いを辿っていけば6人以内にアメリカ大統領に行きつけると言われていますw)

 

さらに、1970年代スタンフォード大学のグラノベッターさんの発表によれば、就職活動において、家族や親しい友人からの情報はあまり役に立たず、むしろあまり親しくない知り合いからの情報が有用であるとのことです。すなわち、強い絆よりも弱い絆(つながり)が情報伝達に重要であるということを主張しています。

 

これは、普段から顔を合わせて強くつながっている人たちは、同じような情報しか持たないことが多い反面、それほど顔を会わないよそ者たちは自分にとって目新しい情報を持っていることが多いからであると考えられています。

 

(ある企業の調査によると、従業員の中で、異なった集団とつながっている人は、より多くのの情報に接することで、業績や上司の評価が高い傾向にあるそうですwほほー)

 

一方で、ペンシルバニア大学のセントーラさんの研究では、技術伝播には逆に強い絆が必要であることを示しています。

 

また、ドイツの自動車産業における研究者を対象とした調査では、共同研究者と頻繁に

顔を合わせて強い信頼関係で結ばれている研究者ほど、質の高い特許をより取得していて、すなわち、強い絆がイノベーションに効果的であると結果があります。

 

「よそ者」を含む多様な研究者と共同研究者の間で共有すれば、最も効率よくイノベーションが起こると言えるようです。このことから、強い絆とよそ者とのつながりの間で補完関係があり、多様な知識を取り入れて経済成長するためには、この両方を併せ持った多様なつながりを持つことが有効であると結論づけられています。

 

 

強い絆の負の側面

強い絆は、知識の伝播やイノベーションを促進する働きがある一方、よそ者とのつながりがない場合はそとから新しい知識が入ってこないため、その地域や組織の発展に限界があります。

 

その場合、よそ者とのつながりの重要さに気付かず停滞してしまうと、ますます絆が強まり、結果として排他的なネットワークを作り上げてしまうことがあります。

 

排他的なネットワークとなってしまうと、よそ者に対する排他性が増大し、ますます経済は停滞し、ますます排他的になるという悪循環に陥ります。

 

(排他的ネットワークによる負の事例として、江戸時代末期に起こった外国人を排除しようとする攘夷運動があります)

 

やはり地域でも組織でも「新しい風」は大切なようです。

 

 

最後に、フリーライド(ただ乗り)

飲み会やろう、同窓会をやろう、などなど、そんな時、誰も幹事を引き受けたがらないですよね。。。

楽しみにしている割に開催できないのです。だってめんどいもんねぇ。正直(;一_一)

 

経済学的な言葉で言うと、皆が幹事の努力に「フリーライド(ただ乗り)」しようとしているわけです。

大きな会だけでもなく、自分では新しいつながりを構築する努力を怠るってフリーライドするケースもあります。

 

別にフリーライドが悪いってわけではないのです!

 

市場経済では、ネットワーク構築による社会の厚生(幸福)の最大化が遅れ、得られるものも得られないことになっています。

政府は、ここに目を付けてネットワークの構築を目指す「つながり支援」政策を進めていますよね。民間もいろいろやっている。

 

 

 

カナダに行った後くらいから、人と人のつながりの大切さを感じています。

 

今まで関わったことのない人と関わることで見いだす新しい発見。経験。学び。

人に助けてもらう、新しいアイディアをもらう。

 

「あの人」がいたから、ひとりじゃ絶対やらないことをやったなーってこといっぱいあるもんね。

「あの人」たちがいたから、今の私がある。

 

だから、やっぱり人をつなげる仕事がしたいなーって。

 

経済学の視点から見た、社会ネットワークと社会関係資本から飛躍してしまいましたw(えぇ得意技です)

 

「過去」の積み重ねが「今」で、「今」の積み重ねが「未来」。

私は頑張らない。やりたいことしかやらない。

 

さて、私は「今」何をやりたいのかな。

 

思いがけない出会い

 

知らない人に思いがけず声を掛けられてほっこりした話。


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今日は近所のコメダで授業の本を読んでたんですー。

 

もう家じゃだらだら進まなくて。。気分転換に外へ出たわけです。

 

席で本読んでたらね、いま店に入ってきた知らないおばあちゃんに肩を叩かれ、

 

「べっぴんさんだねー木村多江さんかと思ったわー!私大好きなのー」

 

え?!びっくりした〜

でもおばあちゃんありがとう\(^o^)/

今日はすっぴんだし、全然そんなんじゃないのにな。笑

 

ずっと笑ってるおばあちゃん。

和やかで平和なひと時。

 

全然知らない人にこんな風に声掛けられるって街では中々ないよ〜

 

でも山ではあるあるだね。なんだろあの山パワー。

 

スリランカでは知らない人に話しかけられたり、食べ物もらったり、お茶に誘われたりが日常茶飯事だったので久しぶりの感覚。

でもスリランカ人シャイだからあの勢いはないわw

 

人と人の触れ合いにホッとして、日本もいいなと感じた今日でした(^_^)

 

 

ひとと集団・場①

ひとは ひとの中に生まれ

    ひとの中でそだち

ひとは ひととのかかわりに傷つき

    ひととのかかわりで癒される

「ひとと集団・場」から持ってきました。

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作業療法のフィールドです。

 

前に、職場の先輩から借りたことがあったのですが、大学院で「地域開発」の科目を取っていて、「人」とか「場」とかポイントのひとつなので、また読んでみたくなって手に取りますー。

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こっちが大学院の科目テキスト。「地域共生の開発福祉」。

これが意外とおもしろいんだな。

 

「ひとと場・集団」は精神の分野なので、難解な部分もありそうですが。。。とりあえず読む。

 

 

さて、アリストテレスは言います。

「人間は社会的動物である」と。

 

ひとが地球上に現れてから、他の動物とは異なる学習能力を身に付け、個体の維持と種の存続に必要な食べ物を自ら生産しました。

それは、ひとりではできません。

ひとが集まって、集団で共同作業をする継続的な意思疎通や共同でおこなう作業が必要です。

そんなわけで「社会的動物」。

 

もう少し詳しく。

 

ひとはなぜ集まるのか?

ひとには、動物としての群れ集まる習性だけでなく、集まり、集めなければいけない必然性があります。

①一人では生きることが難しい(社会をつくる動物の習性)

➁自分と似かよった仲間を求める(普遍的体験による安心感)

③他人に受け入れられることで安心する(受容される体験と自己受容)

④他人に認められることで自分を確認する(他者からの承認と自己確認)

⑤他人に役に立つことで喜びを感じる(愛他的行為による自己尊重)

⑥自分を確認するものさしを求める(自己確認からの自己評価)

⑦モデルを求める(模倣・修正による自己確立)

⑧一人でできないことをする(協力、合同、共同…)

ひとは寂しがり屋なんだなと感じるとともに、この8項目について批判はないですよ。

 

ただ「⑧一人でできないことをする」が気になります。

 

一人でできないことって何だろう?

例えば、大規模な会社、工場?

あとは球技など集団で行うスポーツ?

 

昔はそうだったかもしれない。

今は、ロボットやAIの進歩によって、会社とか一人いればできるんじゃない?

集団でやるスポーツだって、ゲームなら一人でできちゃう。

 

ソロキャンプ、ソロ旅、ソロ焼肉。

ソロ活動が流行っているこの頃ですが、

 

ひとり v.s. 集団

 

いや、対立関係に持っていく必要はないか。

 

ひとの進化過程から重要とみる「集団」と、個人を重視する「ひとり」。

どちらか選ぶ必要はなくて、個人の好みや気分によってうまくバランスを取ることが大切かなって。

 

ひとりを選ぶ、集団を選ぶ、そしてどのような集団を選ぶか。多くの場合は選べないのかな?

 

集団を選べるとしたら、選択肢は多い方がいい。

これも選択肢を多く持つというセンのケイパビリティ論(話が完全に逸れる笑)。

 

「ひとと場・集団」。

次回へつづく…。