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生きるとは。何のために生きるのか。


12月9日公開の映画、「ラーゲリより愛を込めて」を公開初日に観てきました。

 

ニノの映画だから観たんだけど、

思った以上に考えさせられた。

史実に基づいた作品ということで、原作の本があるようです。

よみたい…

 

さて、この映画を見終わったとき、この作品のキーワードって何だろうって思ったんです。

 

私が思うのは、

「生きるとは。何のために生きるのか」

 

この先、ちょっとネタバレになっていきます。

 

話は第二次世界大戦後のシベリア抑留の話。

10年以上にわたって、捕虜になっていたのは、驚いた。

 

捕虜生活の記録といえば、「夜と霧」をすぐに思い出した。

 

2つは重なるところがあって、希望を持ち続けることで、人間は生きることができるということ。

 

愛する家族に会うため。

どの時代、国、文化でもこれは共通で、家族への想いは強いです。

 

そして、その希望を失ったとき、人は失望し、自暴自棄になり、衰弱する。

 

希望がなければ生きる意味なんてないんです。

 

さて、現代ではシベリア抑留のように、いつも空腹、重労働、極寒、恐怖支配下という環境は一般的にはありません。

 

日本国憲法では下記のように定められています。

日本国憲法(昭和二十一年憲法)第25条
第1項 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
第2項 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上
及び増進に努めなければならない。 

映画見て、ありがたみを感じた。

 

しかしながら、

こんなにも恵まれている日本という国で、

すごろくでいえば日本に生まれただけで6がでたようなもんなのに、

何で生きる意味を考えてしまうんだろう。

 

10年来の命題。

「生きる意味はない」という帰無仮説の棄却。

 

守るべきものが明確にあれば、生きる意味は見いだせる?

未来への希望、夢、目標があれば、生きる意味は見いだせる?

 

「生きる意味はない」っていうのが一昨日までの私でしたが、

今日、いま、私がなぜ生きているのか、この先も生きていたいと思うのか

理由が言語化できそう。

 

言語化するの怖いからしないけど。

その希望が消えた時、また生きる意味はなくなる。

 

生きるとは何か。何のために生きるのか。